2023/11/30

純資産の意味とPBR1倍割れ

Summary

貸借対照表の純資産は企業の解散価値や処分価値といわれ、特にPBRが1倍を割っている企業は問題視されることがある。ところが、そもそも論として貸借対照表を作成する際の基準である会計基準(会計ルール)では、純資産が解散価値(もしくは企業価値)表すようにはなっていない。会計学を学んだ方には、解散価値の目安、という程度の意味であることは分かるが、学んでいない方にとっては分かりにくい。そこで、会計基準の都合でPBRが1倍を下回る場合をまとめてみた。



貸借対照表の純資産額

純資産は資産-負債と定義される。もし、貸借対照表の資産や負債が全て計上され、かつ時価で評価されていたならば、純資産は概ね処分価値を表すことになる。ところが、実際には資産や負債は網羅的に計上されているとは限らず、かつ計上されていても時価とは限らない。そもそも、貸借対照表の純資産が企業の(解散)価値を表すように会計基準が設定されているわけではない。したがって、純資産額はあくまで(解散)価値の目安にすぎず、企業の状況によっては大きくズレも生じる。PBRは企業経営の巧拙が大きく影響するかもしれないが、会計処理の都合でPBRが1倍を下回ることもある。


貸借対照表上の資産の評価額

建物、機械装置、土地などの固定資産については、取得原価-減価償却累計額で貸借対照表に計上される。この減価償却累計額は、建物などの固定資産について主に老朽化等での減価を差し引くものを指す。毎年の減価は、たとえば10年間使える資産なら1年あたり取得原価の1/10という形で規則的に計算されるため、取得原価-減価償却累計額は時価と一致するものではない(土地は減価償却を行わない)。

固定資産には時価まで下げる会計ルール(「減損会計」)はあるが、下げるかどうかの判断に一定の条件がある。そこで、取得原価-減価償却累計額よりも時価の方が小さいことがあり得る。これを株価が反映して、PBRが1倍を下回ることもある。
(正確には時価まで下げるのではなく、回収可能価額まで下げる。回収可能価額は、売却したときに得られると見込まれる収入と企業が使用し続けた場合に得られる将来キャッシュ・フローの割引現在価値のいずれか高い方となる。)


負債の網羅性

貸借対照表に計上される負債について、偶発債務は将来の支払い等の発生可能性を考慮して計上する。もし将来に支払いが発生する可能性が高い(たとえば90%)ならば、一般的には負債として計上される。ところが、発生する可能性が低い(たとえば10%)ならば、負債としては計上されずに、貸借対照表の欄外に注記として記載される。このとき、株式市場は発生する可能性が低いとしても、偶発債務が全くない場合と比べれば(市場が効率的ならば)株価を下げる方向に反映される。特に発生可能性が低くても発生した場合の金額が大きければ、株価を下げる方向への影響が大きくなるかもしれない。

他にも発生の可能性が高くても、金額を合理的に見積もることができない場合も貸借対照表には負債として計上されない会計ルールとなっている。期待値でもよいのである程度の精度で金額が決まらないことには、財務諸表に載せられない。そこで、期待値の精度は低いが特に大きな支払いが生じそうな場合は、負債が計上されない一方で株価は下げる方向に反映される。この典型的な例として、東日本大震災直後の東京電力HDで、原発事故の損害補償等の金額が見積もれないため負債計上しない、というケースがあった。

このように偶発債務等が会計ルールの都合で負債としては計上できない(純資産は減らない)が、株価を下げる方向で反映されると、PBRは1倍を下回る。

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